アイデアの引き出し
発想の転換
昔、駆け出しのデザイナー(アシスタント)だった頃、食品メーカーの担当者の方からコンビニで展開する機能性ヨーグルトのPOP制作を依頼されました。
今から25年近くも前のお話ですが、当時のコンビニエンスストアやスーパーでは、メーカー等の様々なPOPなどが所狭しと展開し、実に賑やかな売り場でした。
昨今では、POPの展開は極力抑えられ、整然とオペレーションされた売り場で、よりお買い物がしやすい環境へと変わってきております。
余談になりましたが、そのPOPの作成サイズは冷蔵棚に展開するプライスカード程の小さなツールでした。そんな小さなPOPで、お店にいらしたお客様に商品の存在をアピールし、ご購入へと導かなくてはなりません。
「美味しそうなシズルカットを入れたとしても、やはりサイズが小さすぎて、よほどしっかり見ていただかないと伝わりにくいかもしれない。とはいっても、商品特性をコピーだけで訴求するには少し物足りないなぁ・・・。」などとサムネを書き書き、様々な可能性を考えておりました。
その様な中でふと、アイキャッチ性を高めるために立体にしてはどうだろうか。そうすれば個性豊かなPOPの面々の中でも、顧客の視線をがっちりと掴んで立ち止まってもらい、キャッチコピーを読んでもらえるのではなかろうかと思いつきました。そこから、製品パッケージを模した立体POPの形状考案へと移っていったのです。
果たして紆余曲折の末に完成したこのPOPの利点は大きく2つ!
組立が非常に簡単にもかかわらず、インパクトが大きいということ。たとえアイキャッチ性の高い販促ツールでも、オペレーションが大変だと店頭で展開されない場合もあります。しかし、組立が簡単だからこそ、多忙な店頭スタッフにもストレスなくご対応いただける。そんなPOPが遂に完成しました。
今でもスーパーやコンビニエンスストアなどで時々立体のPOPを見かけることがありますが、当時私の知る限りではお目にかかったことはなく、この案が採用されたことは大きな自信へとつながりました。
実はこれが私のデザイナーとしてのデビュー作であり、弊社がサポートするフェンシングの西塚康司選手から依頼されたお仕事だったのです。
これは販促ツール制作の面白さと、その可能性に気付かされる非常に大きな経験となりました。
いつの間にか引き出しに入っているもの
実はこの立体POPのダミーを作成しているとき、ふと私が幼かった頃、ボール紙で自動車や戦車、そして大好きだった月探査ロケットなどをよく作っていたことが頭をよぎり、思わず笑ってしまいました。三つ子の魂百まで。
子どもの頃夢中になっていた工作が、こうして未来に繋がるとはこれっぽっちも考えたことはありませんでしたし、むしろ親からはいつまでやっているんだと怒られさえした訳で・・・。
アイデアの引き出しには、これまで歩んできた人生の他愛も無い一瞬が入っていたりするものだと感じます。教科書全ページに落書きをしたこと、塾通いの道すがらの風景、水たまりに雨の雫が落ちる波紋の様子、日に焼けた障子に西日が映し出す草木の影が揺れる様子、雨が降る前日の夕暮れ時に香るノスタルジックな匂い、その様な些細な事柄がつながり、思わぬアイデアに発展、展開することもある気がします。
当然、大人になってからのインプットも引き出しにどんどん入ってくるわけで、それは当然大切なことだとは思いますが、振り返ってみると思春期に柔らかく形作られたものがベースに、そこから逃れられずに私のデザインを形作ってくれている様な気がします。
さて、最後に。
デザイナーとしてほぼ初めてのお仕事とも言えるこの立体POP。刷り上がりが手元に届いた時の感動はそれこそ筆舌に尽くしがたいものがありました。
その後別の担当者の方からの依頼を受け、新たに立体POPを作ったりもしたのですが、「そうだ、孝行がてらお袋に知らせよう」と電話をしたところ、いそいそと近所のスーパーに出向いたようでした。
後日電話があり、「下段の見にくいところに貼ってあったから、目立つところに貼り直しておいたよ」と言われ、絶句した覚えがあります。
親心恐るべし。