2026.03.29

売り場の「回遊方向」は、なぜ購買心理を変えるのか?——名著2冊から読み解く店舗設計の科学

スーパーやショッピングセンターを訪れた際、知らぬ間に思っていた以上の商品をカゴに入れていた・・・。そんな経験を持つ人は少なくないはずです。
それは決して流される性格だからではなく、店舗空間そのものが人間の心理と行動に働きかけるよう、緻密に設計されているからだとしたら!

今回は、2冊の名著をもとに「回遊方向と購買心理の関係」を掘り下げていきます。


今回ベースとする2冊の書籍

①『なぜこの店で買ってしまうのか:ショッピングの科学』 パコ・アンダーヒル著(早川書房) Amazon

マーケティング・コンサルタント会社エンバイロセル社のCEOであるパコ・アンダーヒルが、「トラッカー(追跡者)」と呼ぶリサーチャーを店内に配置し、買い物客の行動を文字通り一挙手一投足まで記録・分析した、世界180万部超のベストセラー本。「ショッピング界の人類学者」とも称される著者が、データに基づく驚きの洞察を展開します。

②『店舗レイアウト(全訂版)』 渥美俊一著(実務教育出版) Amazon

日本にチェーンストア理論をいち早く紹介した渥美俊一氏が著した、国内初の本格的な店舗レイアウト論。50年以上にわたるアメリカの小売業の知見を集約したこの書籍は、今も多くの流通・小売関係者の「バイブル」として読み継がれています。


「入口付近の棚は誰も見ていない」という衝撃の事実

アンダーヒルの調査が最初に覆した”常識”は、多くの小売業者が信じて疑わなかった「入口付近の棚こそ一等地」という思い込みでした。

丹念なトラッキング調査の結果、入店直後の買い物客の注意力は著しく散漫であることが明らかになりました。外の明るさから店内の照明へと目が慣れ、混雑や音、においといった新しい刺激に感覚器官が対応している最中は、目の前の棚の商品がほとんど視野に入っていないのです。アンダーヒルはこの空間を「移行ゾーン(Decompression Zone)」と名付け、ここに売りたい商品を置いても購買にはつながりにくいと警告しています。

つまり、入店してしばらくのお客様は「見ているようで、見ていない」状態にある。この発見だけでも、多くの店舗に大規模な棚の組み換えを促す力を持っていました。

たしかに店舗に入る際は大抵目的をもって入店するので、入り口付近は“ある種の情景”となって見過ごす傾向にある気がします。男性特有のものかもしれませんが、書籍から紐解くと、あながち性差や私個人の特性でもなさそうです。
“入り口”という舞台は、“買い物”を目的としたお客様からすると、「今晩のおかずは何にしよう」「早く帰らなくちゃ」「やっと仕事が終わった。おつまみ何にするかな?」などと入店前の脳内では、いかに無駄なくコーナーを制覇していくかしか考えていなかったりもします。
また、家族で来店することも多い土日は、気持ち・心の余裕が普段と違っていたりもしますので、曜日や、天気・気温に合わせた店頭演出の必要性も出てきます。

チャネル特性にもよりますが、毎日同じ陳列状態のままで“お買い得!”や“今日だけ”などのPOPを展開しても、一般のお客様の目には通常のいつも行くスーパーの風景に映っていますので、ここに日々の工夫(視覚的違和感)を凝らすと良いのではないかと思います。
簡単な方法としては、いつもある棚・ラックが無かったりだとか、高さや位置が変わっているだとか、色が変わっている等々でも十分視覚的フックになる変化だと思います。実は方法論として述べましたが、この“いつも何か仕掛けをしているお店だ”という認識をもってもらうことこそが重要で、その熱量をお客様に感じてもらうことがリピートにつながる非常に大切な取り組みだと感じています。

ただ、毎日間違い探しのように変えてしまうのは逆効果ですので、やり過ぎにはご注意を。

とは言うものの、ひとつの顧客囲い込みアイデアとして短期間限定で、“かくれんぼキャンペーン(仮)”などと銘打ち、いつもと違う〇〇を見つけたら00%割引、〇〇プレゼントなどという企画を年に数回行うのも、来店動機に繋がる施策だと思います。これは特に小規模店舗、小売業に向いているコミュニケーションです。

話を戻しますと、弊社はコンビニやスーパーの店頭で展開する横断幕、のぼりやポスターなどのデザインワークにおいて、極端ではあるもののまずは“素通りされる”ことを念頭に、どうしたら視線を向けてもらえるかを思索しながら絵作りをします。
さらにクライアント様にはデザインだけではなく、陳列自体に工夫をこらしたパース画を作成し、POPと共に展開した際のイメージを見ていただき、購買へと導く心理変化を疑似体験していただいたりもしております。


「右手の自由」が動線を決める

話が長くなりましたが、では移行ゾーンを抜けたお客様はどちらへ向かうのでしょうか。
アンダーヒルの観察から浮かび上がったのは、人間の身体的な非対称性でした。

来店客の大半は右利きです。手提げ袋やハンドバッグを左手に持ち、右手を空けようとする傾向があります。この「利き手の自由」が、無意識のうちに歩行の方向を右寄りに引き寄せるのです。欧米の店舗のお話ではありますが、自然と右回りの動線が形成されやすいという検証結果から、アンダーヒルはこの「右手優位の原則」を踏まえた売り場づくりを各クライアントに提案しています。

実際、スターバックスやGAPといった大手企業が彼のアドバイスをもとに店舗レイアウトを見直し、売上を2〜3割引き上げた事例も本書の中で紹介されています。

そして、売り場導線における什器の置き方や陳列方法もこのことを考慮に入れてデザインする必要があり、邪魔にならない大きさ、形状、そして取りやすさはマストです。


渥美氏が説く「磁石売場」と回遊設計の原理

一方、渥美俊一氏の『店舗レイアウト』が提示する概念が「磁石売場(マグネット)」です。客を引き寄せる力を持つ商品群——生鮮食品、日配品、人気の惣菜など——を店の複数の場所に戦略的に分散配置することで、客が自然と店内を一周するよう誘導するという考え方ですが、この考え方に沿った店内レイアウトを今ではよく見かけるようになりました。実際このお陰で楽しく店内を巡回でき、気付けば買うつもりのなかった物が買い物かごに入っていた!ということも多々あります。

渥美氏は磁石を「第一」から「第四」まで段階的に設定することを推奨しています。第一磁石は入口から最も離れた位置に置き、客を店奥まで歩かせます。そこへたどり着く過程で中央の一般商品売場を通過することになり、先に述べた“買うつもりのなかった商品と自然に出会う”機会が生まれるのです。

また渥美氏は通路設計についても明確な原則を述べています。主通路(共通歩道)は幅が広く、見通しがよく、核となる売場へスムーズにつながっていることが条件だと強調します。客が迷わず、かつ自然と回り込めるような通路の配置こそが、動線を長くする最大の武器なのです。


「滞在時間」こそが最大の購買変数

アンダーヒルが膨大なデータ分析の末に導き出した最も重要な結論のひとつは、買い物客が店内で過ごす時間と購買金額の間に強い相関があるということです。

これは直感に反するようで、実はきわめて合理的な話です。店に長くいれば、それだけ多くの商品の前を通ります。通った商品の中から「そういえば家の在庫が切れていたな」とか、「こんな商品が出たのか!」と気づきが生まれます。その気づきが、予定外の購買を生み出すのです。

だからこそ、スーパーが牛乳を店の奥に置くのも、書店がレジを奥深くに設けるのも偶然ではありません。「目的の商品にたどり着くまでの距離」を意図的に設けることで、滞在時間を確保し、その間に別の購買機会を作り出しているのです。


「動線の長さ」は売上の方程式に直結する

渥美氏の著書には、店舗の売上高を構成する要素が体系的に整理されています。売上は「客動線の長さ」「各売場への立ち寄り率」「商品の視認率」「実際の買い上げ率」「1回あたりの購入点数」「商品単価」のすべてが掛け合わさって決まるものだという考え方です。

この観点から見ると、動線設計とは単なる通路の配置ではなく、これらすべての変数を同時に最適化しようとする、きわめて精度の高い「売上設計」と言えます。

渥美氏が特に強調するのは「客動線を長く、スタッフ動線を短く」という原則です。効率よく働けるスタッフが長い距離を歩かされては意味がない。一方、客にはできる限り多くの売場を見てもらいたい。この二つの動線を交差させず、それぞれの目的に最適化することが、プロの店舗設計者の腕の見せどころだと彼は説いています。


人の視線は「左側から右側へと動く」

アンダーヒルの研究でもう一つ印象的な発見があります。右利きの多数派は歩きながら自然と右方向に視線を向けやすく、また右手で商品を取りやすいため、棚の右側・右面に売りたい商品を配置することが有効だということです。

これは国や文化によっても若干の差異はある様ですが、人体の構造に由来する傾向であるため、世界中の店舗に共通して当てはまる法則として彼は位置づけています。

人は一般的に左から右へと視線を動かす性質があるため、右端にあるものが最後に行き着く「ゴール」として認識されやすいのです。日本の店舗においても、どの棚のどのフェイスに何を置くかという判断に、この「右手優位の原則」が応用されています。


「移行ゾーン」と「磁石売場」——2つの概念が示すもの

アンダーヒルの「移行ゾーン」と渥美氏の「磁石売場」には、人間の行動心理が深く関わっていると思います。

入口直後(移行ゾーン)では客の注意力が薄い——これはアンダーヒルの教えです。一方、客を引き寄せる「磁石」を店の奥に仕掛け、そこへ向かう道中で商品との出会いを演出する——これは渥美氏の設計思想で、この2つを組み合わせると、実に効果的な店舗動線の全体像が浮かび上がってきます。

「客は入って来た瞬間が最も注意散漫で、歩き始めてからようやく買い物モードに入る」——当たり前のことの様ですが、改めて初心に帰り売場陳列を“人の行動心理”から見直すということも大切な取り組みの一つだと感じます。


まとめ:「買い物の経路」はすでに設計されている

以上を整理すると、店舗における回遊方向と購買心理の関係は次のように言えます。

お客様は入店直後は「見えていない状態」で歩き始め、利き手の向きや通路の構造に沿って自然と右方向へ流れていきます。磁石売場という仕掛けが各所に配置されることで客動線は伸び、その過程で多くの商品に触れ、滞在時間が長くなるほど非計画購買の確率が高まる——この連鎖が、巧みな店舗設計によって水面下で確実に機能しています。これは、決して大手スーパーやドラッグストアだけに機能するセオリーではなく、小売店など小さな店舗でも十分使えるものだと確信します。是非、トライしていただきたい施策であると同時に、さらにそこに販促ツールや店員さんの声がけが加わるとその効果は・・・などと考えると、ワクワクがとまりません!

次にスーパーへ行くときは、ぜひ自分の足が無意識にどの方向へ向いているかを“意識”してみてください。アンダーヒルと渥美氏が積み上げたデータが、あなたの行動を予測していたことにきっと気付きくはずです。

参考書籍

パコ・アンダーヒル著
なぜこの店で買ってしまうのか:ショッピングの科学』(早川書房)

Amazon /
要約
渥美俊一著
店舗レイアウト(全訂版)』(実務教育出版)

Amazon /
紀伊國屋書店
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